私は、20代の頃に地元にUターンで帰ってきました。東京での仕事がうまくいかず、地元で別な仕事につくためでした。

新しい仕事は不動産関係の営業職で、仕事で使うため車が必要となり、親から100万ほど借金して購入することにしました。

会社からは借り上げ制度として、ガソリン代とプラスアルファの補助が出るので、おいおい返していくつもりでした。ところが、その仕事は基本給がとても安く残業代もないためほぼ歩合制のような感じ、車の補助もガソリン代にもとても足りず、とても借金の返済にまわるほどの収入は得られません。

アメリカ製の中古サックスを購入するために消費者金融のアコムから借金をしました。

楽器はどれもそうかもしれませんが、サックスは楽器によってまったく音色が異なります。特に1960年代にアメリカで作成された中古のサックスはジャズをプレイするには最適なんですね。

でも、その全てが一点ものです。誰かに買われてしまうと二度と手に入りません。総額で60万円ちょっとするのですが、手持ちの現金がないので仕方なくアコムから不足分を借りました。

給料が安いのに、浪費癖があると大変なものである。なんせ収入がないのに金ばっか使うようなものだから。

お金を借りることになるとは夢にも思わなかったが、とうとう自分にも借りるときが来てしまった。

ある重要な用事があり、実家から遠く離れたところに行かなければいかなくなった時の話である。行こうにも金がない、こんなときどうすれば良いか、私には解らなかった。なんせお金というものはなくなればそれで終わりと考えていたくらいであるから。

会社がグローバル化に伴い、いつ英語が必要な状況になるかわからないので、英語が少しでもしゃべれるようにプライベートの時間を有効に使って欲しいと言われていました。

自分自身も英語に興味があったこともあり、東京のある英会話教室に通うことにしました。

そこの英会話教室は一年契約で50万の授業料がかかり、英会話教室と提携を組んでるクレジット会社に依頼してローンを組ませる方法をとっており、その会社がゼィープラスです。

私が初めてクレジットカードのキャッシングローンをくんだのは20歳の頃です。

初めは当初必要な生活資金で20万程借りました。

そしたら返済も滞ることなく過ごしていたら、カード会社から上限額を増やせますと電話がありました。

初めの設定では20万で自分でもこれくらいなら返済できると思ったので軽い気持ちでしたが、すぐ借りれるという利便性から電話での上限額をアップすることを了承しました。

それでも上限額は30万でしたので月々の支払いは二万くらいですんでいました。

あれは二十歳前後の頃、両親の別居などのために精神的に不安定になり、通っていた短大を中退してしまいました。そ

の後、定職に就くわけでもなく気ままにアルバイトをしたり、知り合いのスナックなどを手伝ったりしてお小遣い程度の収入を得ていました。

実家暮らしだったためか、お金に関しての危機感はありませんでしたのでそんな収入でも自分では満足していたのです。

その頃は、彼氏と呼べる人もいませんでした。

東京での一人暮らしで、一時期アルバイトで生計を立てていましたが、家賃もそれなりで、なかなか食べていくのは大変でした。

私に彼女ができたのは、ちょうど貧乏だったそんな時期で、最初はとにかくデートをするにも、食事に行くにもお金が必要でした。

付き合ったばかりで、とにかくうれしくて毎日頑張って働いたお金を彼女のために使っていました。

今思うと、とても浅はかなのですが、いいかっこがしたくて、食事はおごる、送り迎えにタクシーをつかったり、そして時々プレゼントを買ったりしていました。

26才で結婚してすぐに子供が生まれ、4年を開けて第二児がに恵まれ順風満帆に過ごしてきたように思えたある日、私のギャンブル狂に堪忍袋の緒が切れました元妻は私に離婚を突きつけて参りました。

協議離婚となり双方弁護士を立てて話しあい、結果、300万円を私が支払うことで離婚が成立しました。

その後の養育費は当然別で発生しますが、300万円は即金で払わないと差押も辞さないという勢いだったので、どうにか工面することにしました。